半年間それだけを楽しみに、来る日も来る日もつらい労働に耐え、ようやく手に入れたボーナス数十万が忽然と消えたとしたら、、、あなたは耐えられますか?
その現実を受け入れることができますか?
【第5章:逃避】
相容れることがなかった同級生と18年ぶりに再会し、今こうして目の前でココアを飲んでいる。
つい30分前までは夢にも思わなかった光景だ。
この人とは二度と会うことはないだろう、、、とすらもはや考えてもいなかった。
何も考えていなかった。いや、考えることを、思い出すことを避けて生きてきた。
自分の過去にいい思い出がほとんどない。そういう人生だ。
とりわけ、この目の前にいる同級生との思い出はあまりに苦すぎる。
若気の至りだったと言えばそれまでだが、思い出せば思い出すほど、斜に構えていた当時の自分が許せない。
ただ、後悔はすれど、反省はすれど、結局どこまでいこうとそれが自分という人間であり、私という人間の本質なのだろう。
根本的なところでは中学生だった頃の私と今の私に差はない。
物事を、現実を真っ正面から向き合うことができない
それが私、社会の底辺loserという人間の本質。
同級生「寒くないの? ホットは飲まないタイプ?」
なかなか話してこないから、何を話そうかと苦しんでいた矢先、そんなことを彼女は口にした。
社会の底辺「いや、そういうわけでもないけど、これが美味しそうだったから。」
同級生「甘党なんだ。」
社会の底辺「甘党です。」
社会の底辺「......」
なんだろう。帰りたい。そろそろ帰りたい。
まだ2分しか経ってないけど切実に帰りたい。
36年間童貞で拗れに拗れた自分が気の利いた話とかできるわけがない。
ふと、彼女を見る。こうして目の前で見ると、もう立派な落ち着いた大人の女性だ。
いや、当たり前なんだが。不覚にも本屋では、学生時代の彼女の感覚でいてしまっていた。まあ、だからといって私の言動は何も変わらないのだが。
とりあえず、今何をしているか聞くか、、、と決意を固め話そうとした瞬間、、、
私の視線に悪寒が走ったのか、彼女はついに本題を口にした。
同級生「それで、何があったの?」
【第6章:直視】
今まで明るかった声色が一変し、真剣な雰囲気を十分に醸し出し、彼女は唐突に切り出してきた。
社会の底辺「??? なにって、、、何が?」
あまりに突然で、大変頭が悪い感じで質問を質問で返してしまった。
同級生「社会の底辺君、とても思いつめた顔してたよ。何かあったんでしょ?」
社会の底辺「......(いや、マジ!? そんなことわかるものなのか??)
確かに、常日頃、どう死のうかなと考えているくらいには思いつめて生きてはいるが、それが顔に出ているだと!?
それとも、彼女の洞察眼とお節介スキルが限界突破しているのか?
同級生「ごめんなさい。何もないならそれでいいんだけど、、、」
社会の底辺「......あったよ。」
同級生「そう......話すことはできる? 話すことで楽になるよ。」
この人は臨床心理士か何かか。今この瞬間、「目の前にいるこの人の職業を当てなさい」というクイズが出たならば、臨床心理士と間髪入れず私は答えるであろう。
社会の底辺「ボ、ボーナスを全て失ったんだ。つい先日。それは失っては駄目なお金だった。失くしてはならないものだった。」
私は震える声でなんとか口にした。口にすることで、ますます虚しさが押し寄せてきた。惨めだった。情けなかった。もう消えたかった。
同級生「言いたくなければいいんだけど、どうしてなくなったの?」
社会の底辺「......ギャンブル、、、すみません。」
同級生「社会の底辺君、、、依存症なの?」
彼女はとても残念そうな、悲しそうな声でそう聞いた。
あまりにも悲しそうな声をするもんだから、私は彼女の顔を見てしまったのだ。
戦慄した。身の毛がよだった。心底、恐怖を感じた。
彼女は、、、20年前のあの日、卒業式の日、その時と全く同じ顔をしていたのだ。
その顔を見た時、私は怖くて怖くてたまらなかった。彼女ではなく、自分が。
この時、この瞬間、骨の髄まで理解してしまったのだ。自分が病気であるということを。
自分のことを病気だ、病気だと言ってきた私だったが、本当のところでは理解できていなかったのだ。実感できていなかった。逃避していた。
嫌な現実から事実から逃げていた、、、避けていた、、、
社会の底辺「そうだ、私は依存症だ。」
同級生「へぇ、、、認めることができるんだね。すごいじゃん。」
ここに来て、この暗い雰囲気に急降下している中、彼女は明るい声でそう言ったのだ。
社会の底辺「いや、すごいことは何もないけど。愚かなだけで。」
同級生「社会の底辺君、依存症と愚かなのは違うよ。別に愚かだから依存症になるわけでもないし、依存症になったからって愚かだったわけでもないよ。」
社会の底辺「......そうなのか?」
同級生「そうだよ、誰だってなるものだし、多かれ少なかれ皆、何かに依存して生きているわけだし。」
先程からずっと彼女は知ったようなことを言う。いや、彼女は昔からこうだったか。
真面目で、正しくて、生来の性格と頭の良さで正論を振りかざし、現実に立ち向かう。
私はそんな彼女が嫌で、妬ましくて、、、心のどこかで羨ましかったのだろう。
同級生「それで、何があったの?」
彼女は数分前に発した言葉をまた繰り返した。
社会の底辺「なにって、、、今話しただろ。失ったんだ莫大な金を。」
同級生「ボーナスをギャンブルで失った、、、確かにつらいことだけど、それだけではないんでしょ?」
社会の底辺「いや、、、」
同級生「この際だから全て話してみてよ。あなたを本当に苦しめていること、他にあるんでしょ?」
見透かしたように彼女はそう言った。自信があったのだろう。私がボーナスを失ったということ以上に苦しんでいることがあることに。
つづく