あの時に戻らないと終われないんだ。
あの時に戻らなければ、同じ過ちを、同じ苦しみを、同じ地獄を、何度も何度も何度も繰り返す。
だから戻らなくてはならない。賞与を失ったあの時に。
【第1章:再会】
令和6年1月5日金曜日、私が死んだあの地獄の日からちょうど一週間が経った。
莫大な金を失ったあの時のショックが未だ抜けず、仕事に身が入らない。
やらなければいけない仕事は山のようにあるのに、私はその日、ほぼ定時に退勤した。
まっすぐ家に帰る気にはなれず、特に理由も目的もなく行きつけの本屋に立ち寄った。
私の母校である高校の近くにある本屋だ。
本屋に入るなり、私の足は自然と将棋の本がある場所に向かっていた。
良さげな詰将棋の本を見つけたので、その本を取ろうと手を伸ばした時、事件は起こった。
???「あの、、、人違いでしたらすみません、もしかして社会の底辺さん?」
別にエロ本に手を伸ばしていたわけでもないのに、私は激しくキョドってから声がした方向に目を向ける。
声の主は30代くらいの知らない女性、見たことある感も全くない。
私の担当先の事務の人かな、、、などと思いつつ、なんとか言葉を発した。
社会の底辺「はい、そうです。えぇ、、、と、、、」
???「良かったぁ~、〇〇です。お久しぶりです。」
、、、久しぶりなんてもんではない。実に約18年だ。
その人は中学、高校と同じだった同級生だった。
【第2章:フラッシュバック】
正反対 対極 相反 あべこべ 表と裏 光と闇 水と油
私という基準、ものさしでこの同級生を説明するならまさにそうだろう。
私の逆、裏返し、彼女はそういう人間だった。
元気で活発で、クラスの委員長を務めたり、生徒会に属し、男女問わず人気者だった。
一言で片づけるなら陽キャ。
とにかく明るく、よく喋る。そして、、、めちゃくちゃ真面目な人だった。
そんな人間だから、私なんかに声をかけたのだろう。
普通、声をかけるか?
私なら絶対にしない。仮に同級生だという確証があっても100%しない。
まあ、だからこの人は声をかけるのだろう。私とは逆。正反対なのだから。
社会の底辺「お、お久しぶりです。びっくりしました。」
(おやじ、お前さぁ、小学生かよ。なーにが「びっくりしました」だよ。)
何とかそう返した。ビクビクした声で。
それを聞くなり、なにがそんなにおかしいのか元同級生はニヤニヤしながら、
同級生「ふふ、、、社会の底辺君、全然変わってないね。すぐにわかったけど、地元にいるって知らなくて。関西にいると思っていたから。」
社会の底辺「4年前に戻って来たんですよ。〇〇さんも変わってないですね。」
私は高校卒業後、一年浪人をした後に関西の大学に進学した。
この元同級生は確か現役で横国だったはず。
彼女は私と違い頭も良かった。中学の頃までは、私の方が順位は良かった。
でも高校で逆転した。ていうか私が全く勉強ができなくなった。
私の高校は典型的な自称進学校でやたらと国公立にこだわる高校だった。
その甲斐あってか、毎年、数名は東大一橋に進学していた。
彼女はその一人だと周囲から見られていた。
しかし、彼女は周囲の予想に反しセンター試験だけで受験できる横国にあっさりと合格を決め、早々に受験を終わらしていた。
一年浪人をしてもがき苦しんでいた私とは正反対。何もかもが逆。
そう本当に何もかもが逆なのだ。
クラスのリーダーで人気者だった彼女、クラスでハブられ嫌われ者だった私、、、
いや、違うな。嫌われ者なんていうとあたかも皆から関心を寄せられる存在みたいに聞こえるけど、実際はいない者。
いてもいなくても変わらない、気付かれない存在、、、それが私だった。
根っからの日陰者。
ああ、正直に話します。
そんな皆から一様に無関心な存在だった私だけど、彼女だけは違った。
私に対する態度が、扱いが、気持ちが明白に違った。明らかに違った。
違ってくれた。
そう、彼女は、、、
私のことが大嫌いだった。
そりゃあそうだ、彼女と私は水と油。
そんな彼女からとんでもない言葉が飛び出す。
同級生「変わってないってわからなかったくせに(笑) それに敬語(笑)」
18年ぶりに再会した同級生は人生楽しそうに笑っている。
私は賞与を失ってから心の底から一度たりとも笑っていない。
しばらく変な間があってから、人生楽しそうな同級生はこんなことを言い出した。
同級生「せっかくだし、ドトールで少し話さない?」
つづく